坂本龍馬と長崎街道跡とお城と火山

 

長崎街道


こんにちはneko-hiruneです。 この前やっと休みが取れたので友人を訪ねて北九州まで行って来たよ。 黒崎と言う所に昔の街道(長崎街道)跡があると言うので行って来た。 ここは地元では「曲里(まがり)の松並木」として有名だそうで、地元の人なら誰でも知っているそうです。 松並木は、旧長崎街道に沿って江戸時代に植樹された松(クロマツ)並木で、 江戸時代には徳川幕府が旅人を炎天や風雪から守るため、全国の街道に松や杉を植樹させていたそうです。 当時は遠くからでも街道が一目で分かる標識にもなっていました。 江戸時代末期のこの付近の往還図には、松の並木が100本以上も描かれています。

❝所在地 岸の浦二丁目6番ほか 市指定史跡(昭和46年4月21日指定)  江戸後期の狂歌師太田南畝(おおたなんぽ)は「坂を下るに赤土の岸あり。松の並木をゆくゆく坂を上り下りて、また坂を下りゆけば、左に黒崎の内海見ゆ。」とその紀行文(小春紀行)にこの「曲里の松並木」あたりの描写をしています。  この松並木は当時幕府が全国の街道に松や杉を植樹させた名残で、日光の杉並木(日光街道)、安中の杉並木(中山道)、さらに箱根の杉並木(東海道)はその代表的なものです。  昭和20年頃まで黒崎から木屋瀬にかけて街道には多くの松を残していましたが、今はわずかにこの辺りが昔日の長崎街道の面影を留めているのみで、当時の松も残り2本となりました。  なお、史跡の指定範囲は幅20~30メートル、長さ約310メートル、面積約8000平方メートルで、現在旧街道緑地として整備されています。
引用・出典:北九州市ホームページ、曲里の松並木より

また、黒崎は昔黒崎宿といっていたそうです。 黒崎宿には桜屋という旅籠屋があったそうで、そこにはこんな人達が泊まっていたそうで……