neko-hirune のすべての投稿

旅日記/猫/電気設計/自作PC/ジャンク修理/映画/小説/宇宙(宇宙人) これらのテーマを中心にブログを書こうとおもいます。

仮想通貨・暗号通貨で億万長者(古っ!)?




こんにちはneko-hiruneです。

巷では仮想通貨とか暗号通貨又はビットコインなどと騒いでいます。

この前もNHKのクローズアップ現代+で特集があってたいましたね。

仮想通貨(暗号通貨)のブームは仮想通貨バブルと言われ、バブル時代の再来と称されているみたいです。

ビットコインが登場した2009年は値段が1btc(btcはビットコインの通貨単位)が0.07円でした。

そして2011年、日本でmt.goxが取引を開始。当時の値段は74円でした。

その時4万円で買っていれば今の値段が約34万円(今2017年8月5日12時頃)ですから、ざっと計算して現在1億8千万円になってる。買っていればですよ。

2014年にはmt.goxは破綻しました。

取引所が破綻しても仮想通貨をウォレット(財布)にしまっていれば大丈夫ですけどね。

私も多少持ってはいますが最近参入しましたので何処まで値上がりするかどうか。

しかし持ってないよりはいいですよね。

でもまだチャンスはあるみたいです。

仮想通貨取引所を運営するテックビューロという会社が新規仮想通貨公開(ICO=Initial Coin Offering)支援サービスを2017年10月2日に始めるみたいです。

つまり企業に仮想通貨を発行させ(仮想通貨による)資金調達を手助けしていくとのことです(第1回目ICOのプラットホームの名前はCOMSA(コムサ))。

今回のセールでは1USD相当の購入に対して、1 COMSA(シンボル:CMS)を取得できるみたいです。

最初は価値がなくても後にビットコインのように莫大な財産に膨れ上がる可能性があります。

登録はここからお早目に。

そして億万長者(今は億り人って言うみたい)になりましょう。


娘のipadがリンゴループになり、Lineにログイン出来なくなった。




neko-hiruneです。

娘のipadがリンゴループ(起動障害)になり、復活はしたけれどLine(ライン)の引継ぎ設定が出来なかった為に2段階認証で引っ掛かり、Lineにログイン出来なくなった顛末を書きます。

最初に結末を書くと、ipadは復活しました。
スマホも無く、連携しているfacebookのログイン方法も忘れたのにLineに無事ログイン出来ました。

はじめに

娘がある日こんな事を言いました。
「パパァ…助けてぇ~ipadがリンゴループになっちゃった~」

「リンゴループとは何ぞや?」

「リンゴループ」とはiPhoneを再起動した際に、起動中のリンゴマークの画面から進まず、iPhoneが起動できない状態。操作できない状態の事。
(出展・引用https://iphone-itunes.info/%E7%94%A8%E8%AA%9E%E9%9B%86/4386)

 

「元通りにしてね。よろしく~」
娘はその言葉とipad2を残して部屋に消えて行ったのでした。
おいおい…

リンゴループからの復活

ネットの情報によると…

電源ボタンを長押しし一旦iPhoneを終了させ、「音量ボタン(+)」を押しながら電源をオンにするとセーフモードで起動することができます。
(出展・引用 http://applision.com/introduction/30153/)

 

やってみました…ダメでした。

次のネット情報は…

リンゴループ状態のiPhoneをiTunesに接続し同期させると、解決することがあるようです。
(出展・引用 http://applision.com/introduction/30153/)

 

iTunesに接続し同期させるとipadの中身が消えそうな気がしてやめた。

ネット検索していたら「iphone・ipadを起動障害からデータが消えずに復元!」を謳い文句の某有料アプリケーション(5000円程度)を発見。つい買ってしまう。
使ってみるもソフトウェア(ファームウェア)の更新は「正体不明のエラー」で出来ず。

色々調べると上記の有料アプリケーションの機能は無料のitunesに備わっている事が判明。騙された。

5000円もあったらビールが何本買えるかと思うも、勉強代と思って我慢した。リカバリモードを覚えたし。

PC側はitunes(最新)を起動→ipad用のUSBケーブルを接続

ipad側は電源を切る→ホームボタンを押しながらUSBケーブルを接続→ホームボタンは押したまま→下の様な絵が出るとリカバリモードです。

リカバリモードになるとPCに下の様なダイヤログが出ます。

「更新」はアプリやデータはそのままでファームウェアのみを更新します。
「復元」は初期化してしまいますのでアプリやデータは消えます。
itunesで「更新」しましたが「正体不明のエラー」で更新は出来ませんでした。

仕方なくアプリとデータは諦めて初期化の「復元」を選んだ。

ipadからアプリとデータは消えてしまい、真っさらな状態になったのを見た娘は…
「嘘でしょLineが出来ない~」とだだをこねるので、ネット検索をしてログインする方法を見つけました。

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ある日突然、脳梗塞になった①




はじめに

neko-hiruneです。

今から約8年半前の2008年8月下旬(このブログを書いている時は2017年3月)、私は脳梗塞と言う病気にかかった。

この病気にかかる前どんな生活をしていたか、かかった時どうだったか、脳梗塞とはどんな病気か、麻痺が残ってどんなことが不自由か、普段どんな生活をしているのか等、参考になればいいかなと思いブログに書く事にした。

仕事と普段の生活

私は個人で知り合いの会社に入り込んで電気設計の仕事をしていたが、バブルもとっくの昔に弾けて不況の洗練を受けつつあった。

仕事が明らかに少なくなっていたので「これはいかん!」と危機を感じ、知り合いに電話をかけまくり、前に勤めていた会社に外注として出向する事になった。

仕事の職種は電気機器の試運転。

前の仕事も辞めた訳ではなく、設計の仕事があれば都合をつけて打ち合わせをして、夜か休みの日に設計作業をやっていくという形にした。

昼間の試運転の仕事は設計の打ち合わせ以外、月~金は常に仕事をしている感じ。

設計の仕事は暇とは言っても仕事が来ると仕事量は多いので寝る暇も無いくらいに働いた。

本当に眠たかった。

よく椅子に座ってパソコンに向かったまま、いびきをかいていた。

血圧高めの方へ

こんな事があった。

徹夜明けで車で2~3時間の場所に打ち合わせに向かった。

高速道路でつい、うとうとしてしまい気がついたらセンターラインをオーバーしていた。

これはダメだと思い近くのパーキングエリアで1~2時間の仮眠を取った。

起きてから遅刻することを電話連絡した。

タイミングが悪ければ今頃あの世だったかも知れない。

毎日の食事も適当に取っていた。

栄養のバランスなども考えてなかった。

嫁はいるが彼女も働いているのでバランスの取れた食事は子供達優先で、私は忙しいので、ついでに食べる感じだった。

私は数年こんな生活を続けてきた。

ダイエットに有効な青汁はすっきりフルーツ青汁

ついにその時は来た

2018年8月28日、6時頃目覚めて床の中で寝返りを打つと、何か重い物が肩の所にくっついて来る感じがした。

身体全体が重い。

とりあえずトイレに行ってオシッコをしようと立ち上がった。(まだこの時は多少手足は動いていた)

やっとの思いでトイレに行き用を足した。

そして独り言で「なんだかおかしいな」が「なんらふぁおかふぃら」に聞こえた。

呂律が回ってない。

やばい...やばいぞこれは。

部屋に帰りさっきまで隣に寝ていた妻を起こした。

僕「なんふぁへん(なんかへん)」

妻「どうしたの、水のんで...仕事休む?病院いく?」

救急車を呼んでほしいような事を言ったと思う。

救急車を呼ぶ間、私は無性に眠たかった。

気がついたら救急隊員がストレッチを持って家の中にいた。

隊員の「どうしました?」の呼びかけに僕は「朝起きたらこんな感じに」と動きの悪い手をニギニギしながら呂律の回らない回答をした。

隊員はそれだけで理解したみたいだった。

意識が途切れ途切れになり、ストレッチの上から見た風景は最初どこだろうと思った。

暫くして、近所の道を救急車までストレッチで運ばれているんだと理解した。

その時人の姿は見なかったが、後で聞くと近所中の人が出てきて僕が運ばれるのを見ていたそうだ。

次に気がつくと隊員が僕に「neko-hiruneさん(仮名)わかりますか~、誕生日言えますか?」

妙に眠かったが意識は普通だった。

相変わらず呂律の回らない口で誕生日を答える。

救急車の中に乗せられていた。

妻と娘が泣いていた。

次に目覚めた時は病院の集中治療室だった。

後で近所では一番大きい総合病院だとわかった。

いつの間にか点滴が腕に刺さっている。

集中治療室はひんやりとして冷たい。

時々医師がきて「わかりますかー」と言って金属製の棒の様な物で足の裏をコチョコチョしたり、生年月日を聞いたりした。

「倒れた時間は何時ですか」とも聞かれた。

倒れてから2~3時間だと薬で詰まった血栓を溶かすことが出来るそうだ。

僕の場合倒れた訳ではないので、正確な時間が分からないのでその方法は断念した。

僕は脳梗塞と診断され病室へ看護師にベッドを押されて移動した。

脳梗塞(のうこうそく、英: cerebral infarction/stroke)とは、脳を栄養する動脈の閉塞、または狭窄のため、脳虚血を来たし、脳組織が酸素、または栄養の不足のため壊死、または壊死に近い状態になる事をいう。また、それによる諸症状も脳梗塞と呼ばれる事がある。なかでも、症状が激烈で(片麻痺、意識障害、失語など)突然に発症したものは、他の原因によるものも含め、一般に脳卒中と呼ばれる。それに対して、ゆっくりと進行して認知症(脳血管性認知症)などの形をとるものもある。
日本における患者数は約150万人で、毎年約50万人が発症するとされ、日本人の死亡原因の中で高い順位にある高頻度な疾患である。また、後遺症を残して介護が必要となることが多く、寝たきりの原因の約3割、患者の治療費は日本の年間医療費の1割を占めており、福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。wikipedia「脳梗塞」より

To be continue




脳梗塞 [ 岡田靖(脳血管内科) ]

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フィリピンの海と空




はい、neko-hiruneです今回はチリに行ったあと、フィリピンに行って来た。

フィリピンに行くことにした

199x年、チリに行く前の2月に半年間の就労ビザが切れてフィリピンに帰ったメイちゃんから久しぶりに電話があったのが切っ掛け。

「neko-hiruneサン、フィリピンニアソビスル~、オイデ~」

「わかった、わかった、今度休みが取れるから行くよ。」

懐が暖かくなっていた私は気が大きくなっていたので二つ返事だった。

D27 地球の歩き方 フィリピン マニラ セブ 2017〜2018 [ 地球の歩き方編集室 ]

フィリピン英会話ネット(PEN)

行くとは言ったものの海外旅行2回目で自分でチケットなど手配するのは、どうしたものかと悩んでいたら、知り合いの加藤がフィリピンに行った事があるそうで、加藤の手ほどきでチケット手配は、事なきを得た。

福岡空港からフィリピン航空でマニラまで飛ぶ。

福岡-マニラは昼過ぎの出発だった。

格安航空券DeNAトラベル

フィリピン入管を通過して、荷物を受け取ったらmoney exchangeで1万円を両替する。1000ペソを細かくするのを忘れずに。(こちらはチップがいるそうなので)

空港前に沢山の人だかりがあった。聞いてはいたが圧倒された。

なんでも加藤の話では海外へ出稼ぎの人が多いからお土産目当てのお出迎えらしい。

人だかりの中にメイちゃんがいない。

待つこと1時間後に合流、とりあえず食事をする。

こちらのご飯は長粒米で日本の米みたく粘りがない。少しパサつく。だけど食べ慣れるとこれはこれで、美味い。

焼き飯の事をこちらでは「シャンハイ・ライス」と言うらしいんだけど、この米が合う。

食事をしたらすっかり夜になったので、今夜泊まる所を探す。

泊まった所はホテルと言うより簡易宿泊所って感じ、とりあえず寝るだけだからいいか。

ホテルをチェックアウトして国内線のチケットを買いにいく。

メイちゃんはミンダナオのサンボアンガ(Zambanga)という所に住んでいるのだ。

エア・フィリピン(現在フィリピン・エアラインの傘下になりエアフィル・エクスプレスに社名変更)にてチケットを二人分手配。

店の前にいたガードマンの手にショットガンがあったのにはちょっとびびった。

出典・引用 http://xn--5ck5a4gob177z170cgian33q.com/philippines/manila/

その後マラテにあるハリソン・プラザ(harrison plaza)と言うショッピング・モールに行った。

出典・引用 http://sate.asia/info/?p=2977

腹が減ったのでケンタッキーにでも行こうと思ったが場所が解らず。結局その辺に佇んでいたオジサンに道を聞く。

ついておいでという合図...

ちゃんとケンタッキーに案内してくれた。(ちょっと安堵。後で聞いたけどこの辺にアブナイ人もいるとか・・・汗。)

礼を言って別れたつもりが、店内まで付いてきた。めしを食わせてくれと言っている様だ。

まあいいか、旅は道連れメイちゃんも嫌がってないし、フィリピンではこんなこと普通なのかな。

ところでフィリピンではケンタッキーにご飯(ライス)は当たり前で日本にはこんな習慣ないよね。(たしか沖縄の人はご飯と一緒に食べると言ってた様な?)

飛行機は翌朝のフライトなのでゆっくりとショッピング&観光。

田舎の家族・親戚にマニラ土産だと。(・∀・)

子供達にあげるお菓子とか家族が食べるドリアンなど・・・

あとついでにメイちゃんの服も。(>w< )

その後サンチャゴ要塞に行ってきた。

❝サンチャゴ要塞 (Fort Santiago)
1571年から150年の歳月をかけて建造。その後、イギリスやアメリカの軍司令部、太平洋戦争中には日本憲兵隊の本部が置かれた。日米の戦争で破壊されたが、その後修復され現在は公園となっている。英雄ホセ・リサールは処刑されるまでここに幽閉されており、建物は記念館として残されている。敷地の一番奥にあるのは収容所跡。
出典・引用 http://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/asia/republic_of_the_philippines/MNL/106709/index.html
守衛さんと記念撮影

翌朝出発前メイちゃんがルーズでかなりドタバタしたが無事に飛行機に乗ってサンボアンガへ飛ぶ。

日本からマニラまでの飛行機と打って変わってかなり機内が狭い。ローカル線だから仕方ないか。





チリHuascoへ③




ラ・セレナ

ウアスコに来てから一ヶ月目の土日は休みが取れたので、石田さんとチリの観光をしようとラ・セレナに行くことになった。

ラ・セレナはウアスコとサンティアゴの中間に位置する保養地だ。

❝ラ・セレナ(La Serena)は、チリ中部コキンボ州の都市で、同州の州都。首都サンティアゴ・デ・チレの北方約470kmに位置する。観光地として発達しており、チリ国内のみならずアルゼンチンからも観光客が訪れる。チリで二番目に古い町として知られる。チリで最も経済発展のさかんな地域の一つであり、1992年から2002年の間に32.6%の人口増加がみられた。人口は2002年現在16万148人。

出典ウィキペディア『ラ・セレナ』より

 

パンアメリカンハイウェイを南に向けてバスで移動した。

行く途中は砂漠しか無かったのでつまらない。

バスターミナルで休憩中、私達が乗ったバスに他のバスがバックで追突して来たのでバスがを乗り換える。

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バスの窓ガラスが割れている。手前は石田さん

途中アクシデントがあったが無事到着。

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ラ・セレナの海岸

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夏(日本では冬)に来たならビキニの姉ちゃんが見れたそうだ。

石田さんの目的は夜の街なので、それまで教会や博物館などで暇つぶし。

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博物館の中庭。スケッチをしていた少女が急に泣き出した。東洋人が怖いんだって。

博物館の近くの綺麗な公園でタバコ休憩していたら、10人位のカラフルな女の集団が来た。原色系の服をきた少女と老婆だった。

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ラ・セレナの公園

石田さんに聞くと、この女たちはジプシーだそうだ。手相などを見てあげて物乞いをしてるらしい。

今の時代にジプシーなんて、しかもチリに居るなんて、びっくり。

夜になってまずは腹ごしらえと中華料理屋に入る。

やっとまともな食事ができると思ったら、シェフは中国人ではない現地の人。
嫌な予感がしたが適中。まずい。

まずいめしを食べて、石田さんお待たせの夜の街へ。

まずはカジノ。僕は初めての経験でした。

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バカラ、ポーカー、ルーレット、スロットマシンなど大体の物は揃っていたがバカラやポーカーはルールが解らないのでルーレットとスロットマシンで遊ぶ。石田さんはポーカー一本でなにげに渋い。

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石田さんは中国人のオッサンと張り合っていたが、ちょい勝ちだったみたい。

僕は1万円負けで終わった。

そのあとは石田さんとこちらのキャバクラみたいな所に行った。

女の子は皆かわいかったが、僕はスペイン言が話せないので、女の子を口説けない。

石田さんはスペイン言がぺらぺらなので口説いていた。

そのあとも数軒の店にいったが、収穫なし。

ホテルにもどる。明日の時間を確認して部屋に入ったが、石田さんはまたホテルを出たのかな?そんな気がした。

疲れたので就寝。

朝食はバイキング。食べ終わって一服していたら、シャロン・ストーンっぽい金髪お母さんが、怒って窓を開けた。

お土産を売る出店が沢山ある所に行って、会社用と友人用の南米土産を買う。

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おみやげ屋の市があった

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帰りのバスまで時間があったのであたりを散策。見つけたスーパーで買い出し。

また同じ来た道をバスで北上。

ウアスコに着いたら辺りは真っ暗闇。

日本では、見れない南十字星のある星空を見る。





チリHuascoへ②




コピアポ〜ウアスコ

コピアポ空港はバラックみたいな粗末な空港でした。

空港に迎えの運転手が迎えに来て、コピアポからウアスコまで向かいました。

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コピアポ〜ウアスコ
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どこまでも真っ直ぐなパンアメリカンハイウェイ
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何もないからって油断してるとこうなる
鉱山?(neko-hirune撮影)
鉱山?

ウアスコまで約3時間、どこまでも真っ直ぐなパンアメリカンハイウェイの両脇は砂漠で彼方にはハゲ山見えている光景。

所々に祠がありそこにはマリア様が飾ってあった。日本だとお地蔵様がある感じ。

チリは年間降水量が少ないためオリーブとかぶどうがよく採れるらしい。

ワインやぶどうの蒸留酒ピスコは有名だ(ピスコについては原産地はペルーらしいけど)。

当時はお酒はビールぐらいしか飲めなかったので惜しいことをした。

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そういう話を聞いている間にワスコに着いた。





ブログ準備の顛末

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はい、neko-hiruneです。

このブログを始める時にいっぱい失敗をして、金銭的にも、時間的にも、そして精神的にも損をしたので、事の顛末を書きます。

これからブログを独自ドメインで始めようと思っている人に参考になればいいなと思います。

まず最初に言っておきます。無料のサーバー等ありますが、やっぱり無料は無料です。自分のやりたい事ができません。時間の無駄です。

有料のサーバーでも極端に金額の安いサーバーはこれも自分のやりたい事ができず、時間やお金を無駄にします。

では私のした事を恥ずかしながらご披露します。ブログの事をよく知っている人は「ププッ」と吹くかもしれません。

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最初ドメインを取るのに□□□□で最安(30円/1年目だけ)の****.xyzというドメインを買いました。

それから無料のサーバーを借りようと思い、探しました。ありました○○○○です。

ここで第一の間違いです。□□□□でドメインをとったならばそこでサーバーを借りればよかったんです。

無料サーバー○○○○では****.xyzは使えなかったんです。

しかたない、今度は△△△ドメインで2000円近く出して****.comを買いました。

サーバーは△△△ドメインでドメインを買うとついてくる無料サーバーを使うことにしました。

△△△ドメインのネームサーバーを設定して設定が反映されるまで待つ。

無料サーバーの仕様をよく見ると(今更?)、Mysqlは無料版にはないのです。Wordpressの簡単インストールもなし。

こりゃいかん!ということで結局有料のサーバーを契約することにしました。


チリHuascoへ①




出発

19xx年3月上旬、社長に呼び出された。

なにかミスでもしたかな?と思いつつ社長室へ・・・。

「わっはっは!neko-hirune君、座り給え」社長はなんだか上機嫌。

「君チリに行ってくれ」

聞くとチリのウアスコという所にあるグアコルダ発電所の立ち上げの手伝いらしい。

パスポートがあるかとか、スケジュールはどうなってるとか聞かないかな普通?

とっても便利!キャッシュパスポート

そんな訳で3週間後に、チリに旅立つ事になった。

私は地方都市に住んでいるので、いなか空港へ行き、親会社の村岡さんと合流。

ジェット機かと思っていたら、12人乗りの双発機で関空へ移動。

僕は2度ほどジェット機に乗った経験はあるが、プロペラ機は初めて。

音はうるさいし、狭いし、落ちそうで怖いし、目をつぶっていたら、いつの間にか眠っていた。

目がさめると関空に着いていた。

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関空の国内線と国際線をつなぐシャトル(ウィングシャトル)
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関空の様子

旅費は会社持ち(とゆうか親会社持ち)だったので、チェックインしたあとはラウンジを利用できるビジネスクラスだった。

空港ラウンジはあとにも先にも初めてなので緊張した。

ラウンジでビールを飲みながら夕方の出発を待った。

飛行機はジャンボでビジネスクラス。しかも運の良いことに、キッチンの真横で隣が無い席。カーテンを閉めると一人空間だった。

出発前におつまみとシャンパンが出てきた。