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フィリピンの海と空




はい、neko-hiruneです今回はチリに行ったあと、フィリピンに行って来た。

フィリピンに行くことにした

199x年、チリに行く前の2月に半年間の就労ビザが切れてフィリピンに帰ったメイちゃんから久しぶりに電話があったのが切っ掛け。

「neko-hiruneサン、フィリピンニアソビスル~、オイデ~」

「わかった、わかった、今度休みが取れるから行くよ。」

懐が暖かくなっていた私は気が大きくなっていたので二つ返事だった。

D27 地球の歩き方 フィリピン マニラ セブ 2017〜2018 [ 地球の歩き方編集室 ]

フィリピン英会話ネット(PEN)

行くとは言ったものの海外旅行2回目で自分でチケットなど手配するのは、どうしたものかと悩んでいたら、知り合いの加藤がフィリピンに行った事があるそうで、加藤の手ほどきでチケット手配は、事なきを得た。

福岡空港からフィリピン航空でマニラまで飛ぶ。

福岡-マニラは昼過ぎの出発だった。

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フィリピン入管を通過して、荷物を受け取ったらmoney exchangeで1万円を両替する。1000ペソを細かくするのを忘れずに。(こちらはチップがいるそうなので)

空港前に沢山の人だかりがあった。聞いてはいたが圧倒された。

なんでも加藤の話では海外へ出稼ぎの人が多いからお土産目当てのお出迎えらしい。

人だかりの中にメイちゃんがいない。

待つこと1時間後に合流、とりあえず食事をする。

こちらのご飯は長粒米で日本の米みたく粘りがない。少しパサつく。だけど食べ慣れるとこれはこれで、美味い。

焼き飯の事をこちらでは「シャンハイ・ライス」と言うらしいんだけど、この米が合う。

食事をしたらすっかり夜になったので、今夜泊まる所を探す。

泊まった所はホテルと言うより簡易宿泊所って感じ、とりあえず寝るだけだからいいか。

ホテルをチェックアウトして国内線のチケットを買いにいく。

メイちゃんはミンダナオのサンボアンガ(Zambanga)という所に住んでいるのだ。

エア・フィリピン(現在フィリピン・エアラインの傘下になりエアフィル・エクスプレスに社名変更)にてチケットを二人分手配。

店の前にいたガードマンの手にショットガンがあったのにはちょっとびびった。

出典・引用 http://xn--5ck5a4gob177z170cgian33q.com/philippines/manila/

その後マラテにあるハリソン・プラザ(harrison plaza)と言うショッピング・モールに行った。

出典・引用 http://sate.asia/info/?p=2977

腹が減ったのでケンタッキーにでも行こうと思ったが場所が解らず。結局その辺に佇んでいたオジサンに道を聞く。

ついておいでという合図...

ちゃんとケンタッキーに案内してくれた。(ちょっと安堵。後で聞いたけどこの辺にアブナイ人もいるとか・・・汗。)

礼を言って別れたつもりが、店内まで付いてきた。めしを食わせてくれと言っている様だ。

まあいいか、旅は道連れメイちゃんも嫌がってないし、フィリピンではこんなこと普通なのかな。

ところでフィリピンではケンタッキーにご飯(ライス)は当たり前で日本にはこんな習慣ないよね。(たしか沖縄の人はご飯と一緒に食べると言ってた様な?)

飛行機は翌朝のフライトなのでゆっくりとショッピング&観光。

田舎の家族・親戚にマニラ土産だと。(・∀・)

子供達にあげるお菓子とか家族が食べるドリアンなど・・・

あとついでにメイちゃんの服も。(>w< )

その後サンチャゴ要塞に行ってきた。

❝サンチャゴ要塞 (Fort Santiago)
1571年から150年の歳月をかけて建造。その後、イギリスやアメリカの軍司令部、太平洋戦争中には日本憲兵隊の本部が置かれた。日米の戦争で破壊されたが、その後修復され現在は公園となっている。英雄ホセ・リサールは処刑されるまでここに幽閉されており、建物は記念館として残されている。敷地の一番奥にあるのは収容所跡。
出典・引用 http://www.jtb.co.jp/kaigai_guide/asia/republic_of_the_philippines/MNL/106709/index.html
守衛さんと記念撮影

翌朝出発前メイちゃんがルーズでかなりドタバタしたが無事に飛行機に乗ってサンボアンガへ飛ぶ。

日本からマニラまでの飛行機と打って変わってかなり機内が狭い。ローカル線だから仕方ないか。





チリHuascoへ③




ラ・セレナ

ウアスコに来てから一ヶ月目の土日は休みが取れたので、石田さんとチリの観光をしようとラ・セレナに行くことになった。

ラ・セレナはウアスコとサンティアゴの中間に位置する保養地だ。

❝ラ・セレナ(La Serena)は、チリ中部コキンボ州の都市で、同州の州都。首都サンティアゴ・デ・チレの北方約470kmに位置する。観光地として発達しており、チリ国内のみならずアルゼンチンからも観光客が訪れる。チリで二番目に古い町として知られる。チリで最も経済発展のさかんな地域の一つであり、1992年から2002年の間に32.6%の人口増加がみられた。人口は2002年現在16万148人。

出典ウィキペディア『ラ・セレナ』より

 

パンアメリカンハイウェイを南に向けてバスで移動した。

行く途中は砂漠しか無かったのでつまらない。

バスターミナルで休憩中、私達が乗ったバスに他のバスがバックで追突して来たのでバスがを乗り換える。

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バスの窓ガラスが割れている。手前は石田さん

途中アクシデントがあったが無事到着。

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ラ・セレナの海岸

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夏(日本では冬)に来たならビキニの姉ちゃんが見れたそうだ。

石田さんの目的は夜の街なので、それまで教会や博物館などで暇つぶし。

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博物館の中庭。スケッチをしていた少女が急に泣き出した。東洋人が怖いんだって。

博物館の近くの綺麗な公園でタバコ休憩していたら、10人位のカラフルな女の集団が来た。原色系の服をきた少女と老婆だった。

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ラ・セレナの公園

石田さんに聞くと、この女たちはジプシーだそうだ。手相などを見てあげて物乞いをしてるらしい。

今の時代にジプシーなんて、しかもチリに居るなんて、びっくり。

夜になってまずは腹ごしらえと中華料理屋に入る。

やっとまともな食事ができると思ったら、シェフは中国人ではない現地の人。
嫌な予感がしたが適中。まずい。

まずいめしを食べて、石田さんお待たせの夜の街へ。

まずはカジノ。僕は初めての経験でした。

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バカラ、ポーカー、ルーレット、スロットマシンなど大体の物は揃っていたがバカラやポーカーはルールが解らないのでルーレットとスロットマシンで遊ぶ。石田さんはポーカー一本でなにげに渋い。

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石田さんは中国人のオッサンと張り合っていたが、ちょい勝ちだったみたい。

僕は1万円負けで終わった。

そのあとは石田さんとこちらのキャバクラみたいな所に行った。

女の子は皆かわいかったが、僕はスペイン言が話せないので、女の子を口説けない。

石田さんはスペイン言がぺらぺらなので口説いていた。

そのあとも数軒の店にいったが、収穫なし。

ホテルにもどる。明日の時間を確認して部屋に入ったが、石田さんはまたホテルを出たのかな?そんな気がした。

疲れたので就寝。

朝食はバイキング。食べ終わって一服していたら、シャロン・ストーンっぽい金髪お母さんが、怒って窓を開けた。

お土産を売る出店が沢山ある所に行って、会社用と友人用の南米土産を買う。

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おみやげ屋の市があった

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帰りのバスまで時間があったのであたりを散策。見つけたスーパーで買い出し。

また同じ来た道をバスで北上。

ウアスコに着いたら辺りは真っ暗闇。

日本では、見れない南十字星のある星空を見る。





チリHuascoへ②




コピアポ〜ウアスコ

コピアポ空港はバラックみたいな粗末な空港でした。

空港に迎えの運転手が迎えに来て、コピアポからウアスコまで向かいました。

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コピアポ〜ウアスコ
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どこまでも真っ直ぐなパンアメリカンハイウェイ
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何もないからって油断してるとこうなる
鉱山?(neko-hirune撮影)
鉱山?

ウアスコまで約3時間、どこまでも真っ直ぐなパンアメリカンハイウェイの両脇は砂漠で彼方にはハゲ山見えている光景。

所々に祠がありそこにはマリア様が飾ってあった。日本だとお地蔵様がある感じ。

チリは年間降水量が少ないためオリーブとかぶどうがよく採れるらしい。

ワインやぶどうの蒸留酒ピスコは有名だ(ピスコについては原産地はペルーらしいけど)。

当時はお酒はビールぐらいしか飲めなかったので惜しいことをした。

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そういう話を聞いている間にワスコに着いた。





チリHuascoへ①




出発

19xx年3月上旬、社長に呼び出された。

なにかミスでもしたかな?と思いつつ社長室へ・・・。

「わっはっは!neko-hirune君、座り給え」社長はなんだか上機嫌。

「君チリに行ってくれ」

聞くとチリのウアスコという所にあるグアコルダ発電所の立ち上げの手伝いらしい。

パスポートがあるかとか、スケジュールはどうなってるとか聞かないかな普通?

とっても便利!キャッシュパスポート

そんな訳で3週間後に、チリに旅立つ事になった。

私は地方都市に住んでいるので、いなか空港へ行き、親会社の村岡さんと合流。

ジェット機かと思っていたら、12人乗りの双発機で関空へ移動。

僕は2度ほどジェット機に乗った経験はあるが、プロペラ機は初めて。

音はうるさいし、狭いし、落ちそうで怖いし、目をつぶっていたら、いつの間にか眠っていた。

目がさめると関空に着いていた。

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関空の国内線と国際線をつなぐシャトル(ウィングシャトル)
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関空の様子

旅費は会社持ち(とゆうか親会社持ち)だったので、チェックインしたあとはラウンジを利用できるビジネスクラスだった。

空港ラウンジはあとにも先にも初めてなので緊張した。

ラウンジでビールを飲みながら夕方の出発を待った。

飛行機はジャンボでビジネスクラス。しかも運の良いことに、キッチンの真横で隣が無い席。カーテンを閉めると一人空間だった。

出発前におつまみとシャンパンが出てきた。